1992・10・22

第15講 契約神学

 * D.A.Weir : The Origins of the Federal Theology in Sixteenth-Century       Reformation Thought. 1990

 * G.Schrenk : Gottesreich und Bund im aelteren Protestantismus, vornehmlich bei Johannes Cocceius.1923.. Reprintあり

 * J.W.Baker : Heinrich Bullinger and the Covenant. The other Reformed       Tradition.1980.

(1)契約思想の二つの流れ

 1.契約という概念

 契約(Covenant,Bund)を表わす言葉としてラテン語では testamentum と foedus が用いられる。意味の相違はない。通常 foedus が用いられる。また、pactumが用いられるこ ともある。約束(promissio)は一方的に与えられるが、契約は相互的関係である。

 神と人との恩寵の関係を「契約」として提示するのは旧約であって、新約聖書では特にヘブル書がその考えを受け継いでいる。一般的に言って、契約においては当事者たちの同格、双方の義務付けが伴うのであるが、神と人との契約は神を相対化するものではなく、神の人格性と約束を守る誠実さ、また約束内容の客観性を明確化する。

 聖書における契約概念を重視し、それを教会の神学の中に位置付けるのは改革派の特色である。ルター派にはない。もっとも、メランヒトンに少しはあるし、敬虔主義の思想の中に改革派の影響によって契約概念が重視される場合もある。

 改革派の神学者に契約の重要視が共通点としてあるのは、改革派の神学者が人文主義の出身で、人文主義的テキスト研究による旧約研究を重んじていたからであろう。契約の重視は旧約研究の必然的帰結である。

 改革派にも契約に関しては二つの流れがある。一つはツヴィングリに始まる。これはアダムにおいて契約が始まると見、歴史全体を契約の観点から捉える。この系列においては神学体系が完成した時、「業の契約」、「恵みの契約」という名称を用いるようになる。 もう一つの流れはアブラハムに始まる契約こそ本来の契約、すなわち、召しに基くものとして把握する。カルヴァンはこの系列に属する。

 契約神学と言っても、上記のように原理は一つでなく、カルヴァンのような理解を契約神学に入れない場合と、無造作に同一視して入れる場合とある。我々はツヴィングリ型のものを契約神学と呼ぶことにする。

 2.ツヴィングリにおける着想

 再洗派の中に教会を契約共同体と見る見方があった。この考えはスイス社会の盟約関係(Bundgenossen) の意識とも関係があるとも考えられる。再洗派では洗礼を盟約と理解する。彼らが小児の洗礼を否定するのは盟約への加入が無理だと見るからである。この言葉をツヴィングリが借用したのではないかと思われる。ツヴィングリにおいてこれは市民社会の盟約でなく神と人との恵みの契約として捉えられる。

 再洗派における小児洗礼否定論を反駁するためにツヴィングリが用いたのは、契約とその印という概念であった。すなわち、旧き契約においては割礼が、新しき契約においては洗礼が印になる。旧約において契約の印が生まれたばかりの小児に授けられたように、新約においても印としての洗礼が小児に授けられる。これを否定することは出来ない。

 ツヴィングリのこの考えはジーモン・ツェラリウス(c.1500-44)の書「神の御業について」(1527) にあったものと言われる。(S.Cellarius についてはよく分からない)。しかし、ツヴィングリはその書物の出る前から、原罪論との関連で、契約をアダムに始ま り、ノアやアブラハムにおいて更新されたと論じている。

 この考えはアウグスティヌスにまで溯る。ツヴィングリがこの点でアウグスティヌスの影響を受けたかどうかは確認出来ないが、この教父は「最初の人間と交わされた最初の契約は『おまえがこれを食べる時には、おまえは死ぬであろう』というものであった」と論じている(「神の国」XVI,27) 。

 アウグスティヌスがこう論じたのはアブラハムにおける契約を論じる文脈の中においてであったが、アダムにおける原罪が子孫に及んでいるという神学的思考の枠組にしたがって考えたことであろう。神がエデンの園においてアダムに語られた言葉を一種の契約と見る着想はカトリック神学者の中にもあるが、この考えを発展させ、体系化する試みはなかった。なお、着想のヒントとしては非常に古くからのタイポロジーの考えも影響しているに違いない。

 ツヴィングリの場合、後代の契約神学と違って、契約を二つではなく唯一のものとしている。アブラハムの神が我々の神であり、我々はイスラエルがそうであったと同じく神の民なのである。

 3.カルヴァンにおける契約概念

 カルヴァンは贖い主なる神の認識を扱う綱要第2篇において旧契約と新契約の相違と連続を考察する。両契約は本質としては連続しているが、実物と影のような違いがある。ツヴィングリ=ブリンガーの系列では契約を一つと見る傾向が強いのに対し、カルヴァンは一致の中にも相違があると見る。ルター派において旧約と新約を対立的に捉えるのにやや近いと言えるかもしれない。とはいえ、新しい契約を見さえすれば旧い契約を無視して良いというのではない。旧契約の印である割礼を用いて新契約の印の洗礼を論じる点はツヴィングリと同じである。

 契約はアブラハムに始まるのであって、アダムにおける契約という考えはカルヴァンには存在しない。ただし、エデンの園における命の木にサクラメンタルな意味がこめられていると考える。これはエデンの園において契約があったことを暗にほのめかすものであるかもしれない。

 4.ブリンガーの契約概念

 ツヴィングリの後継者ブリンガーの契約概念はカルヴァンに近い。契約はアブラハムにおいて始まる。アダムにおける契約という考えはない。ただし、アダムにおける契約という考えの片鱗は窺える。また、洪水の後のノアとの契約も無視したわけではない。

 ブリンガーは契約という言葉の概念を聖書語学的・聖書神学的に考察した最初の人であろう。最初の契約は創世記17章に記される。要点は、(1)契約の神は「エル・シャダイ」、全能の神である。(2)約束は「おまえにおいて全ての民は祝福される」である。(3)人に要求されるのは「おまえは私の前に歩み、かつ全かれ」である。(4)契約の聖礼典は割礼であ る。

 キリストにおける新しい契約はアブラハム契約の成就である。(1)彼はインマヌエルであり、彼においてエル・シャダイ、満ち満ちた神性は我々に来た。(2)キリストのもたらしたものは、おまえにおいて祝福されるであろう、との約束の成就である。(3)彼において言葉と模範によって「私の前に歩み、かつ全かれ」は有効となり、キリスト者にとっても基本的な要求であり続ける。(4)洗礼と聖晩餐のうちに更新された契約の意義は悉く含まれている。

 ブリンガーはアブラハムとキリストの間に律法を位置付ける。律法は神と隣りびとを愛せよ、と命じる。二つの契約は本質においては同じである。旧約においても罪の赦しが約束され、キリストは予型のもとに示される。新約において新しいのはキリストがすべての儀式を全うしたもうた点であって、信仰と愛が求められるのは新しいことではない。キリストは儀式としての律法でなく、最も内的な意味において律法を心のうちに置きたもうた。

(2)予定論との関係

 1.予定論の展開

 改革派神学では主として予定論の方向に理論を発展させた。予定概念は古くからのものであるが、自由意志論との関連で理論を精密化し、救いの恩寵の一貫性と確かさを確認しようとするものである。当時の人々にとって決定論的な思想は深い関心を持たずにおられない課題であり、これが改革派によって明確化され、運命論的決定論との違いが明らかにされたことは魅力的であった。改革派において特徴的なこととしては先ず、二重予定の理論を打ち出す。これはアウグスティヌスのペラギウス論争に始まっている考えであるが、教会の教理の問題としてはカルヴァンからドルトレヒト会議までの改革派正統主義が明らかにしようとした点である。

 次に、改革派正統主義においては、「インフララプサリアニズム」か「スープララプサリアニズム」かの決着をつけようとする論争がある。二重予定の論争の延長と見るべきものである。神学者たちの主要関心事がここに集中した。しかし、ドルトレヒト会議の規定に見られるように、これには結局、決着をつけなかった。予定をアダムの堕落以前のこととして把握するか、以後のこととするかは、益のない議論と言うべきであろう。教理条項としてここまで明らかにする必要がないとの判断がなされたことは正しい。けれども、これを考えた人たちが救いを首尾一貫したものとしてキチンと理解しようとしたことは認めておいて良い。

 2.予定論理解と契約理解の並行関係

 予定論の理論が詳しく、あるいは複雑になって行くのと並行して、契約についての理論をも明確化しようとの努力がなされた。予定と契約は事柄としては共通したものを多分に持っている。すなわち、(1)救いを空間次元においてでなく時間次元において捉える。(2)救いには発端から完成までの歴史的過程がある。B救いは確かなもので、その確かさの根拠は神にある、と改革派神学では把握した。ルター派においては内面化の傾向があって、救いに関して歴史的考察の方向に行かない。

 契約は一回の約束を何時までも守ることであるが、実施にあたっては契約の度重なる更新が神によってなされる。これが契約の一貫性である。また、契約概念が相関的であることによる誤解を避けるために、一方的であることが多くの改革派神学者によって強調される。

 予定と契約を対立的に提示する神学者はいなかったが、予定論の独走を制限するために契約を考えた面があるのではないか。

 3.アダムの位置

 予定論の場合は原罪論との連動関係があるし、永遠の初めからということが説かれるから、初めの人アダムにかなりの関心が集中する。そこでスープララプサリアニズムかインフララプサリアニズムかが争われる。契約思想においてもアダムの位置が重視されるようになる。召し出され、応答したアブラハムにおける契約という初期の理解では、満足出来なかったのである。

 アダムは物語りの上の人類の始祖という固有名詞としてのみでなく、「人」の意味を強く帯びるものとして捉えられる。

 4.キリストにおける契約、キリストにおける予定

 改革派神学において必ずしもつねに明確に意識されていたとは言えないが、契約も予定もキリストにおいて理解しようとする契機がある。特にカルヴァンはそうである。契約は仲保者なしには成立しない。予定もキリストにおける選びである。予定論が論理的整合性を求めて理論化され過ぎると、キリストの位置を見失い勝ちになるように、契約理論も理論化され過ぎると、契約の一貫性だけが強化され、契約の仲保者の歴史的事実の決定的な意義が弱くなる恐れがある。

(3)ウルジヌスの契約観

 * Derk Visser:Zacharias Ursinus. The Reluctant Reformer his Life and Times.    1983, New York.

 * Derk Visser ed.: Controversy and Conciliation.The Reformation and the Pala   tinate 1559-1583. 1986,Allison Oark.

1.契約思想の現われた書

 それまでの神学の契約理解に大きい進展をもたらしたのはウルジヌスである。アダムにおいて初めの契約があったと認め、キリストにおける新しき契約との対比を考える。改革派の契約神学はここで形を整える。

 ハイデルベルク信仰問答(1563) には「新しい契約」という語彙のある問79においてすら契約神学の思想は現われていない。ただ僅かに問19で、福音が最初楽園で啓示されたという所で、ほのめかしている。その思想を抑制し、あるいは抑制させられたのである。

 ハイデルベルク信仰問答を書く前1561年に作った「カテケーシス、スンマ・テオロギアェ」(あるいはカテキスムス・マヨールと呼ばれる)と、翌年の「カテキスムス・ミノール」及びその後の著作に現われる。カテキスムス・マヨール第10問では次のように言い表わされる。

   「神の律法は何を教えるか」。「神が創造においてどのようにして人間との契約に入りたもうたか、人間は如何なる契約によって神に仕えるようになるか、また神は新しい恵みの契約を始められてのち人間から何を要求したもうか。換言すれば人間は神によって如何なる者として、如何なる目的のために立てられたか、つまり如何なる状態に回復されるか、また、神と和解した者は如何なる契約によってその生活を整えるべきかである」。

 36問ではこう言われる。「律法と福音の相違は何か」。「律法は自然の法を内容とする。これは創造において神に提起されて人間との間に結ばれたが、人間にはその本性(自然)によって知られるものである。これは我々からは神に対する全き服従を要求し、この契約を守る者には永遠の生命を約束し、これを全うしない者には永遠の罰を与えると威嚇する。しかし、福音は恵みの契約を内容とする。すなわち、これの存在は自然的には知られず、律法の要求する神の義はキリストにおいて成就され、我々における回復はキリストの御霊によってなされたものとして我々に示される。そして、これはキリストを信じる者に、キリストの故の恵みによる永遠の生命を約束するのである」。

 このように「業の契約」と「恵みの契約」の二重契約が提示された。しかし、信仰問答の制定に当たっては契約神学を主張していない。

 2.二重契約の思想の源流

  i.アウグスティヌスや中世からある自然と恩寵(恵み)の二大原理は二つの契約の考えのヒントになっていると思われる。中世のスコラ神学によれば、アダムは自然と恩寵あるいは超自然の二重状態にあった。ここから、恩寵の法と自然の法の二つの法を考える考えになる。業の契約は自然の法として理解される場合が多い。

  ii. ルターにおける律法と福音の二大テーマは契約神学に何らかの影響を与えていると思われる。業と恵みの対照を把握するのはパウロ的−ルター的発想である。

  iii.カルヴァンは旧き契約と新しき契約を分離はしないが対比させて捉えた。これの転化が二重契約の思想になる。

  iv. 楽園における初めの契約の考えには予定論におけるスープララプサリアンの「堕落前」という概念が作用していると思われる。

  v. アダムにおける、あるいは最初の人における自然の法というメランヒトンの考えも作用しているが、自然法と最初の契約の同一視については考察は深められていない。

  vi. セバスティアン・カステリオ(1515-63)の考えがウルジヌスに作用していると見る見解もある。すなわち、彼は予定論でカルヴァンと険しく対立したが、予定の一方性、無条件性に対し、アダムにおける相互的、条件付きの語り合いを論じようとした。しかし、カステリオがここに契約概念を持って来たとは言えない。また、ウルジヌスは厳格に予定論を唱えているのであるから、その考えと矛盾するカステリオの影響を受け入れたと見るのはかなり困難ではないか。

  vii.非常に古い時代からdispensation, あるいはeconomy (経倫、計画)という考えがある。救済史を区分して、例えば、キリスト以前、キリストの時、きたるべき時というふうに位置付ける。古い時代ではイレネウスが代表であろう。

(4)オレヴィアヌスによる発展

 1.ハイデルベルク学派の契約神学

 オレヴィアヌス(1536-87)は初めハイデルベルクでウルジヌスの同僚であったが、77年にハイデルベルクの改革派神学部が閉鎖されて、ウルジヌスはノイシュタットの、オレヴィアヌスはベルレブルクの教師となり、83年からヘルボルンの教師となる。

 この派の神学者としてはフランツィスクス・ユニウス(1541-1602)、トーマス・カートライト(1535-1603)などがある。カートライトは73年から74年にかけてハイデルベルクで教えた。イギリスへの契約神学の影響に彼が関係しているのではないかと思われる。

 2.恵みの契約の本質(スブスタンティア)

 これはオレヴィアヌスが1585年に出版した書物の標題である。その第一部はキリストが契約の仲保者であることを言い、使徒信条の順序にそって論じる。第二部は神と人の間の契約に関する聖書の章句を扱う。

 最初の契約を彼は創造の契約(foedus creationis)と呼ぶ。この契約を破らせたのはサタンである。「神が御自身の似姿に作られた人との間に結びたもうた契約を破壊するた め、悪魔は蛇を手段とし、嘘を使って、彼に未だ授けられていない、より高い完全の位置に、楽園に植えられている善悪の認識の木から取って食べてはならないとの神の戒めを犯して、神と等しい独立性と認識、要するに、神的尊厳の属性を所有するに至るように、いざなって、人を神に対する不従順へと誘惑したのである」。

 契約を破った罪の償いと、不死の完全な状態の回復のためにキリストが受肉する必要があったのである。こうして永遠の契約が立てられる。

 なお、初めの契約の場合、その義務付けの証拠としては自然の法と二枚の板に書かれた律法がある。自然の法については、ローマ書2:14に示され、カルヴァンもそのことに注意を払っている。

 オレヴィアヌスが契約の理論を進展させた点は、契約を個人へのものとして把握するところである。したがって、信仰をもって契約を受け入れる点が強調され、実践的には個人的敬虔さが重んじられることになる。

(5)コッツェユスの契約図式

 1.ヨハンネス・コッツェユス(1603-69)

 コッツェユスはブレーメンの生まれ、ブレーメンで聖書語学の教授をしてのち、36年オランダのフリースランドのフラネカーのヘブル語教授となり、42年に同じ大学の神学教授となる。50年にレイデンの神学教授となる。著作の大半は旧約の註解である。体系的なものとしては「神の契約の教理の大要」(Summa doctrinae de foedere et testamento Dei.16541,16603 )が代表的である。

 コッツェユスにおいて契約神学は体系を全体に亙って整えることになる。

 2.「神の契約の教理の大要」に見る、業の契約から恵みの契約への移行

 §12「業の契約、また業に基く義は、その眼目において次の二つの聖句によって知られる。『律法の規定を全うした人はそれによって生きる』。『律法の書にこう行なえと記された全てのことを守るのでない者は、みな呪われる』(ガラテヤ3:12,10)」

§58「律法、もしくは業の契約の廃棄は次の順序によってなされる。1.罪によって、生かす力という点に関して力を失う。2.約束において差し出され、信仰において把握されたキリストにより、呪いが力を失う。3.罪の贖いに基く新しい契約の告知によって、恐れと死と奴隷の身分の現実性という点で、力を失う。4.肉体の死によって罪との戦いという点で力を失う。5.死人からの復活によって、一切の効力に関して力を失う」。これを各段階に亙って詳しく述べると次の通りである。

 §59「アダムは罪によってこの業の契約を無効にした。契約の優れた部分、すなわち人間に対する生命の約束、それが無効とされた限り、これは業の契約の最初の無力化であ る」。

 §75「最初の契約の二番目の無力化は、憐れみによって起こる。すなわち、呪いという点に関し無力化される。この無力化は罪人を恵みの契約のうちに受け入れることによって起こる」。

§275 「今や我々は、業の契約の第四の廃棄に移る。これは新しい契約(テスタメントゥム)と新しい契約(フォェドゥス)の告知によって、恐れと奴隷の身分をなくすべき罪の償いによって起こる」。

 §538 「業の契約の第四の廃棄は、罪との戦いをなくすことによって来るのであって、これは肉体の死によって起こる」。

 §609 「業の契約の第五の、そして最後の廃棄が次に来る。これは死人からの復活によって業の契約のあらゆる効力が義のうちに終息することである」。

 3.安息日論争

 宗教改革時代に再洗派の一部に土曜日こそ安息日であるとの主張をなす者があった。またそれとは別に日曜日をキリスト教的な呼び方の「主の日」でなく旧約的意味における 「安息日」とし、そのように遵守すべきであると主張する人たち、所謂サバタリアンがいた。カルヴァンなどはそれに反対し、安息日規定の儀式的要素は廃棄されたと主張した。その後、イギリスのピュリタンの中に旧約の安息日厳守をそのまま新約の教会に適用し、ただ、「日の変更」、すなわち土曜日だったのを主の復活の力のゆえに日曜日に変更された、という理論が強くなる。これがオランダにも齎らされて、論争が起こる。ドルトレヒト会議の中でもこの安息日理論は却けられている。

 ドルトレヒト会議の後にも論争は続いたので、コッツェユスは契約神学の立場からこの論争に加わる。彼の主張は以下の通りである。

 (1)創造の安息。創造の業を終えた時、神は休みたもうた。ここでは聖なる日と世俗の日の区別はない。すべての時が主のために聖別されねばならない。(2)モーセ律法の安息日。これが規定されたのは人間の罪の故である。このような休みはアダムは知らない。肉的人間は罪の業を止めなければ神のみこころにかなわない。安息日の聖別には儀式的面があり、それは来たるべき更に良き安息を象徴する。(3)新しき契約の安息。新約の時は真の安息の成就の時である。食物の区別がなくなったように、日の区別もなくなった。奴隷の業はなくなり、良心はキリストによって潔められた。(4)主の日の祝い。日曜日は主の復活の日として祝われる。その日には神礼拝のために集まるのである。ユダヤ教的安息日とは別のものである。─── 以上の見解はほぼカルヴァンに沿ったものである。

 4.神の国

 旧約学者としてのコッツェユスは旧約における神の国の預言について大きい関心を持っていた。終末の時の来たりつつあることは宗教改革時代よりも強く意識されていた。

 上述「神の契約の教理の大要」にも、終末の完成についての詳細な叙述がある。§635 「我々に近づいている終わりの時に備うべき人間の義務また真の希望の特質は、熱心を尽して聖なる行状につとめるとともに、敬虔に励み、主の来臨の日を待ち、その日を早からしめることである」。§636 「この義務はゼカリヤ書14:16 に仮庵の祭りによって比喩的に表わされている。すなわち、この祭りによって教会の暦の終わりが示される(出エジプト23:14ff.) 。それとともに、これは終わりの日の状態とその日の神礼拝を示すのであ る。§637 「『もろもろの国人のうちから残った者はみな』参集しなければならないこの祭り(ゼカリヤ14:16)に来ない者は、滅ぼされ、彼らには雨が降らない。これが甦りの先に来る」。§639 「最後の敵が討ち滅ぼされた時、御子は国を父に渡したもうのである が、父が今統べ治めたまわないかのように取ってはならない。そうでなく、その時、第一に、御父が御子にあり、御子において統べ治めたもうことがたちまちにして明らかにな り、第二に、御父は御自身と御子の恵みとによって教会を完全に満たしたもうと言われるのである」。§648 「教会の勝利の時、この教会は復活において輝き出、多くの者を義へと導くのである(ダニエル12:3) 。この預言の言葉は信仰者の勝利と至福とを結び付け る」。§649 「同じようにして、預言は新しい天と新しい地とを終わりの裁きの前に立つ教会の状態に関して約束し、来たるべき歴史のうちに持続させる」。§650 「天は新しくされ、そこに義が宿り、義人はもはや空しいことに仕えず、神の子において啓示される栄光に与かるのである」。

 このような伝統的終末信仰のほかに、コッツェユスは終わりの時に至るまでの敵のもとにある状態を七つの段階として挙げる。(1)キリストの昇天からキリストの王国の敵であるユダヤ国家の滅亡まで。伝道の最初の段階。(2)ユダヤ戦争における頑ななユダヤ人の裁きからディオクレティアヌス帝の迫害まで。(3)コンスタンティヌス帝の時代。(4)反キリストであるカトリック教会の支配の時代。(5)宗教改革の時代。(6)三十年戦争と新しい苦難の時代。(7)最終の戦いの時代。

 これは彼に千年王国の思想があったかのように読まれるのであるが、千年王国の考えを彼は強く否定する。しかし彼の考えは従来の神学より遥かに終末を強調する。この影響が敬虔主義を経て、覚醒の時代、さらに後の福音派の再臨信仰、また千年王国説に及ぶ。

(6)ウェストミンスター信仰規準における契約神学

 1.信仰箇条としての契約

 信仰告白第7章に、神と人の間の契約についてこう語られる。

  i. 神と被造物との隔たりは非常に大きいため、理性的被造物といえども創造者たる彼に服従の負い目を持ち、しかも、神の祝福と報いを決して享受し得ないほどである。けれども、神の側で自発的に御自身を低くし、契約という方法によってそれを表現するのを宜としたもうた。

  ii.  人との間に結ばれた最初の契約は業の契約であった。この契約において生命がアダムに約束され、また彼においてその子孫に約束された。それは完全な、また人格的な服従を条件としたものであった。・・・・・・。

  iii. 人はその堕落によって、この契約にもとづく生命を受けられなくなったため、主なる神は第二の契約を立てるのを宜としたもうた。一般に、恵みの契約と呼ばれるものである。この契約により、神は罪人に対し、イエス・キリストににより価なしに生命と救いを差し出したもう。・・・・・

  iv.    略

  v. この契約は律法の時代と福音の時代とでは別々の方法で与えられた。・・・・・ それゆえ、二つの契約は本質においては異なるところはなく、同一のものが異なる配分の仕方で差し出されたのである。

 第19章に、神の律法についてこう言われる。

 i. 神はアダムに業の契約として律法を与えたもうた。この契約によって神はアダムとその全ての子孫に、個人個人の、完全な、正確な、永久的な、服従を義務付け、これを満たすものに命を約束し、これの不履行に対し死が報いられると威嚇し、これを守る力と能力を授けたもう。

  ii.  彼の堕落の後も律法は義の完全な規範であり続け、そのようなものとして神によってシナイ山で交付された。

  v. 道徳的律法は義人もそれ以外の者もすべてをこれへの服従に義務付ける。その服従は単にこれに含められる事柄についてのみでなく、これを与えたもうた創造者なる神の権威に関してのものである。キリストも福音によってこれを解除したもうたのでは決してなく、義務を強化したもうた。

2.信仰告白における契約神学

 ウェストミンスター信仰規準は契約思想を教理の条項として採用した最初の告白文書である。だが業の契約から恵みの契約への移行というコッツェユスの論法は見られない。

 契約神学を取り入れた信仰告白としてはほかに前回扱ったスイス一致信条(1675)がある。23-25 条で契約のことを論じる。アダムにおける業の契約と、キリストにおいて選ばれた者のみが与かる恵みの契約がある。旧約の聖徒はキリスト者が信じるのと同じく、神の小羊を信じて救われ、旧約においても言葉や象徴のもとに三位一体は救いに十分なだけ啓示された。聖霊によらなければ誰もキリストを信じることは出来ないからである。ただし新約におけるほど明瞭ではない。アミローが自然的、律法的、福音的、の三つの契約を説く教えは排除される。


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