1996・10・28
* Maurerの書、前出
* 徳善義和「アウグスブルク信仰告白の解説」(聖文舎)
* Leif Grane : The Augsburg Confession.A Commentary.( Original edition Danish )
English Translation.1987,Minneapolis,Augsburg
* E.Schlink:Theologie der lutherischen Bekenntnisschriften.1948.
* H.Fagerberg:Die Theologie der lutherischen Bekenntnisschriften von 1529
bis 1537.1965.
* F.Brunstaed:Theologie der lutherischen Bekenntnisschriften.1951.
1.構成
アウクスブルク信仰告白には、一見して、雑然と項目が並んでいるとの印象があるかもしれないが、それ以前の十分整理されていなかった諸条項と比べるならば、格段に秩序立てられている。基本的構成は、基礎的なものが先に来て、それの具体的応用が後に来るという順序である。この順序は1537年のシュマルカルデン条項もほぼ同じである。
一方、まだ整っていない面も残る。この時代以後に成立した改革派教会の信仰告白と比べると整理が良くついていないことが歴然としている。すなわち、教理条項を一つの体系に纏めることが出来ていない。ルター派信仰告白の体系ではカトリックとの間に余り論争がない条項、すなわち、古代教会の教理を最初に掲げ、対論すべき条項を後に配置することによって、体系的統一がなくなった。成立事情から止むを得ないことである。また、統一がないとはいえ、古代教会の基本的教理条項を基礎に据えるという構造はそれ自体一つの秩序を示すものである。
教理の部分と教会の秩序の部分とからなる。教理の部分は、(1)古代教会の教理条項を引き継いだ部分(1-3)。(2)ルター派宗教改革の固有の教理条項(4-21)、(3)ルター派固有の教えであるが、聖礼典と秩序に関する部分(10-15)。(4)カトリックの悪弊を除去する主張(22-28)。最後に、これに欠陥があると分かれば、我々は聖書に従って更に詳しい説明をする用意がある、と結ぶ。
2.「我々はかく教える」
各条項はこの言葉で始まる。信仰告白であるから「我々はかく信ず」と言うことも出来た(マールブルク条項がそうである)。だが、信仰告白は同時に教理規準であって、教会が教える教会として、教える職務を持つことを特に取り上げた。それで、「我々はかく教える」と明言する。なお、我々の教師はかく教える、という形も取る。その場合の我々は教会代表という意味である。この「教える」という言い方によって、教会にとって教理が大切であるという主旨が表明されている。
3.メランヒトンの弁明書における解説
この信仰告白に対してカトリック側から反駁書(コンフタティオ)が書かれたので、それに対抗するため、メランヒトンが弁明書(アポロギア)を書き上げた。カトリックとの食い違いのところだけが詳しいのは当然であるが、著者自身による解説を聞くことが出来る。これがこの信仰告白の最良の講解である。
1.神について
神の唯一性と三一性が告白され、ニカイア会議の決定を奉じることが明言される。
この項については特に解説の必要はないが、古代教会の信仰箇条が受け継がれていることの重要性は強調されねばならない。古代教会の基本的教理条項を受け入れたのは、古いものにこだわっていたからでもなく、妥協してカトリックの基本的教理条項に逆らわなかったからでもない。むしろ、古代教理条項の継承は積極的であって、この継承の線上に宗教改革があるとの主張がこめられている。
この条項についてはカトリックと相違はないから争わなかった。しかし、理解を掘り下げるならば、相違が出て来たであろう。例えば、神観念が確立しているならば、聖人崇拝のようなことは起こらなかったはずである。また、キリスト論が明確であればキリスト以外の者による執り成しの理論は出てこない。
2.原罪について
この項は第二オランジュ会議(529)の決定を受け継ぐ。第二オランジュ会議の決定はカトリック教会内では一般に受け入れられていたが、受け入れ方はそれほど真剣ではなかった。宗教改革はこれを真剣に受け継ぐ。したがって、メランヒトンのアウクスブルク信仰告白弁明書においてはこの項は詳しい。中世以後一般にカトリックでは罪の把握が浅いから、罪の償いについて安易な考察になる。ひいては罪の赦しの教理が弱体化する。
第二オランジュ会議の規定の初めの2項が原罪に関するものである。それを引いておく。
規定1)アダムの義務不履行の違反によって、人間が全面的に、すなわち肉体と
魂において悪に変じたのでなく、霊魂の自由は傷付けられずに残り、肉体のみが
堕落に服せしめられたと信ずる者があれば、ペラギウスの誤謬に欺かれている、
うんぬん」。
規定2)アダムの義務不履行はその子孫を損なわず、ただ彼を損なっただけであ
ると主張し、あるいは少なくとも、一人の人によって全人類に移された罪の罰は
肉体の死だけで、魂の死である罪ではなかったと証言する者があれば、使徒の語
るところに反駁して、神に不正をなす者である。うんぬん」。
宗教改革の原罪理解は古代のこの規定を更に掘り下げたものである。すなわち、古代の原罪条項は原罪を客観的に論じているが、宗教改革においては罪が実存的に把握されている。罪は何よりも不信仰として捉えられる。これは病弊と表現することも出来るが、癒しが可能な病気ではなく、聖霊によって生まれ変わらぬ限りはなくならない病弊、すなわち死である。この罪を自らの償いによって償うことを考えるペラギウス主義は断罪される。そして、これは信仰義認論の一側面である。
3.神の御子について
先ず、カルケドン的キリスト論を受け継いで告白する。但し、ルター派においては、カルケドンの決定は表面に出ないで、その内容がアタナシウス信条に纏められるのを受け継ぐ。すなわち、31-37 条である。次に、キリストの御業について、ほぼ使徒信条とニカイア・コンスタンティノポリス信条にのっとった叙述がなされる。なお、ルター派におけるカルケドン的キリスト論の受容については、ツヴィングリとの対決を意識して、二本性の一致を強調するが、位格における一致の把握に若干の不徹底がある。それはカルヴァンと対比する時に明らかになる。
この条項もカトリックは受け入れている。
1.(4) 義認について
これこそルターの宗教改革の教理箇条の最大の要点である。古代教会の教理条項の次に先ずこれが位置付けられるのは当然かつ自然である。
自らの業、功績、償罪の行為によって義を獲得するのではない。恵みにより、すなわち無償で、キリストのゆえに、信仰を通して、罪の赦しを得、神の前に義と認められる。換言すれば、キリストの義を転嫁される。
義は神の前に(コーラム・デオ)おけるものであって、人の前におけるもの、社会的正義と混同されはならない。
「信仰によって」とは信仰を通しての意味であり、キリストからの義が、信仰を通して私のものとなる。しかし、信仰の価値のゆえに義が獲得されるという理解を完全に否定するだけの処置を取っていない。そのため、行ないの価値の否定というだけの主張に陥る危険が起こった。
2.(5) 説教の職務について
信仰を与えるために、神は説教職を立てたもうた。この務めを通して福音と聖礼典が与えられる。聖霊は福音を聞く人の中に信仰を起こさせる。福音の説教と別に聖霊を受けようとする者は異端であると宣告される。
外的な言葉は1525年以後ルターにとって重要な概念である。聖霊がともに働かなければならないが、外的な言葉のないところでは信仰は起こらない。外的言葉の伝達は神の制定にかかる。それ以外の修練の業や瞑想で御霊を受けようとする試みは排除される。
ツヴィングリはこの点もう少し柔軟に考え、霊の自由な働きによる預言を認める。もっとも、ツヴィングリが預言と呼んでいたものは実際には聖書研究にほかならなかった。
3.(6) 新しい服従について
新しいという表現は、古き服従、すなわち、人間の規定に従う行ない、それによって恵みを勝ち取ろうとする業、功徳を積む行為との対比を示す。
行ないによらず信仰によって義とされるという教えは、怠惰な、善への励みのない人間を作り出すという非難があったので、ルター派では良い行ないを信仰によって位置付けることに力を入れた。非難に対する弁明として善き業が補足的に説かれたと取ってはならない。そのように取られる恐れはあるが、本質的には信仰義認と対をなす条項と見るべきである。ただし、本質的に対をなすと主張するためには構成をもっと考えねばならない。
4.(7) 教会について
ルター派の宗教改革では教会の「公同性」を余り言わない。「カトリック」という言葉をルターが好まなかったようである。使徒信条の公同の教会の項もchristliche と訳す。但し、アウクスブルク信仰告白弁明書では、教会の項で「公同の教会」という言葉を使っている。ルター派固有の信仰告白で「公同の教会」を言うのはそこだけである。この告白では、教会が唯一であり、つねに存在し、存続すべきであり、・・・・・ 全信徒の集まりである、ということで公同性の内実を言い表わそうとした。だが、少し弱いのではないか。
教会は「信仰者の集まり」であると言うことによって、ローマ・カトリック教会の職階制度的、儀式的教会把握を却ける。
教会が福音の純粋な説教と、聖礼典によって立つと定義したのは教会論の基礎をなす新しい見解である。
5.(8) 教会とは何か
前項と区別して条項を起こす必要があったのは、信徒の交わりである教会に現実に偽キリスト者や偽善者、悪しき教職がいるが、それで良いのかとの不安に答えるためである。悪人たる教職の執行する聖礼典も有効である、とこの信仰告白は認める。すなわち、エクス・オペレ・オペラト(事効)であって、エクス・オペレ・オペランティス(人効)でないという立場を取る。ラディカルな人たちが完全を要求するのに答えた。
この条項に関してはカトリックと理解は共通である。
6.(9) 洗礼について
洗礼の「不可欠性」を主張する。従って、子供にも洗礼を受けさせなければならない。これは、小児洗礼を否定する再洗派に対抗するための理論であるが、必要であるから執行するという理論では洗礼理解に不十分ではないか。13条では、聖礼典が我々に対する神の御旨の徴しであり証明であり、それによって我々の信仰は起こされ、強められる、と説いている。
洗礼がそれ自体で客観的に我々に恵みを伝達するのか、事柄の徴しなのか。この点は十分解明されていない。
7.( 10 )聖晩餐について
キリストの真実の体、と言っているときの「真実」は名目上でなく、比喩でなく、象徴としてでなく、実質を伴っているという意味である。
キリストの体の真実の現臨が最大の要点であるが、現臨の仕方も規定しようとする。ここでは前年のマールブルク条項の中で用いられた「身体的に」(corporaliter)という語は用いなかった。まして「場所的に」(localiter)現臨するとは主張されなかった。カトリックと異ならないことになるからであろうか。ただ、「真実に」(vere) ということだけが確言された。
ドイツ語版では「食する人々に」という言葉が入る。食するとは文字通り食することであって、信ずることの比喩だという解釈をルター派は取らない。
8.( 11 )懺悔告白について
カトリックの告解制度の否定である。私的な罪の告白をし、それに対して赦しの言葉が語られることは廃止されてはならない。が、教会法の規定する告解は廃止される。すなわち、全ての男女は年に少なくとも一度、司祭の前に出て己が一切の罪を告白し、司祭から償罪についての指示を受けるとともに、罪の赦免を受けるという規定である。一切の罪を数え上げるということが良心的な人たちに大きい不安を与えていた。
9.( 12 )悔い改めについて
九十五箇条の提題が悔い改めを主題にしており、峻厳なるべき真実の悔い改めを安易な免償に置き換えてはならないと主張された。コントリティオ(痛悔)に重点が置かれた。その時よりも悔い改めの理解は深められ、福音的になっている。悔い改めて、それから福音を信ずるという理解になり勝ちだが、福音による悔い改めという線が出て来た。コントリティオとともに、福音による信仰が悔い改めの要素として捉えられている。従って、悔い改めは実を結ぶものである。しかし、悔い改めの理解は更に積極的になされねばならないのではないか。これは我々がカルヴァンで学ぶところである。
この条項では悔い改めが何度でも繰り返されて良いとしている。受洗の後罪を犯した者は赦しの余地なしとする主張、すなわち完全主義を却ける。再洗派、ノヴァティアヌス派がそれであると名を挙げて否認する。また、償罪の業によって罪の赦しが得られるというカトリックの教えも却けられる。
10.( 13 )聖礼典の用益について
「用益」(usus, Gebrauch) は「使用」と訳される場合があるが、この場合、使用では意味が通じない。使用してその益を得るという意味である。
益として挙げられるのは、外的にキリスト者を識別するしるし、我々に対する神の御旨のしるし・証明であって、それによって我々の信仰を起こし、強める。
信仰において受け取られ、それによって信仰が強められる時、正しく用いられる。
11.( 14 )教会の秩序(職制)について
何ぴとも正規の召しなしに教会において公に説教したり、聖礼典を執行したりしてはならない。
これは第5条と関連している。通俗的ルター理解における万人祭司主義はこの条項と全く反する。
12.( 15 )教会の定めについて
教会法についての規定である。教会法は人間の定めたものであるが、罪を犯さずに守ることが出来、教会の一致や平和に役立つものならば、保持する。しかし、それが不可欠であるという重荷を良心に負わせてはならない。
神との和解を業によって勝ち取るために人間によって定められた全ての規定は福音に反する。修道誓願や食物の規定、日の規定は無益である。
13.( 16 )国の秩序とこの世の支配について
この条項はおもに再洗派を却けるための規定である。国家の正当性を否認する者と一線を画し、見返りに国家から認定を受けようとするが、同時に国家を規定する。
この世の統治と権威、法律は神によって立てられたものである。
キリスト者は罪を犯すことなく、諸侯、官憲、裁判官の地位に就くことが出来る。また法律によって裁きをし、正しい戦争を行なうことが出来、売買をすることが出来、宣誓をし、財産を持ち、結婚をして良い。
キリスト教的完全はこの世と絶縁することにあると言い、神への恐れと信仰とにあることを認めない者らを否認する。
キリスト者は政府に従う義務がある。しかし、政府の命令が罪を犯さないでは従うことが出来ない時には、人に従うよりは神に従うべきである(使徒行伝5:29) 。
14.( 17 )審判のためのキリストの再臨について
キリストが最後の日に審判のために来られる。すべての死者はよみがえらせられて、信仰者は永遠の命に入り、不敬虔な者と悪魔は永遠の罰を宣告される。
永遠の刑罰はないという者は否認される。
また、前千年王国は否認される。
15.( 18 )自由意志について
外的に品位ある生活をし、理性的な判断をなすことについては、自由意志が或る程度ある。しかし、救いに関しては自由意志はない。
この見解はアウグスティヌス主義とオランジュ会議のものである。
16.( 19 )罪の原因について
罪の原因は神ではなく、悪魔及び悪をなす者の意志である。
神の主権、恩寵の絶対性が強調され、自由意志が否定されると、この議論は神を悪の作者にするとの反論がなされるのが通例である。
17.( 20 )信仰と良き行ないについて
第6条の新しき服従を参照せよ。
良き行ないを禁じているとの間違った非難に反駁する。むしろ、十戒の解説その他を通じて、宗教改革は良き行ないを説き勧める。以前は良き業についての教えはなく、不必要な勧行を命じていただけではないか。
宗教改革によって矛盾を指摘されたため、反対者も今では行ないだけでなく、信仰も説くようになって来ている。こうして、信仰の義について黙っていたことを認めざるを得なくされている。
行ないによって神と和解し、恵みを勝ち取ることは出来ない。むしろ、キリストのゆえに恵みに受け入れられていると信じる時、この信仰によってのみ神の和解を得る。キリストこそが宥めの供え物であり、彼によってのみ神は和解したもう。
この教理は恐れおののく良心にとって非常な慰めになる。すなわち、自己の罪に悩み苦しむ人は厳しい修行によって恵みを勝ち取りたいと願ったが、良心は安らぎを得ることが出来なかった。
信仰とは単なる歴史(キリストの出来事の物語り)の知識ではない。そのようなものならば不信仰者や悪魔でも持っている。信仰とはその出来事を知るのみでなく、出来事の効果をも信じ、神に信頼し、約束の成就を受け取ることである。この項はカトリックの信仰理解に対する宗教改革の見解を提示する。
さらに、良き行ないはなされなければならない。
18.( 21 )聖人の崇敬について
聖人を覚え、彼らの例証によって我々の信仰が励まされ、彼らの良き行ないに見習うのは有益である。しかし、彼らを崇拝したり、彼らに呼び求め、あるいは彼らの執り成しを求めつつ神に祈ることは間違いである。
したがってまた、生者が死者のために祈ることも否定される。
1.( 22 )二品による陪餐
カトリックが一般信徒から葡萄酒の杯を取り上げたことへの反論である。キリストの制定は「みなこの杯から飲め」であった。使徒の文書においても、初代教会が二品を用いていたことが分かる。古代教会もそうであった。信徒にはパンだけを与えるという悪習は神の命令にも、古い教会法にも反する。
さらに、従来行なわれて来た聖体行列も廃止される。
2.( 23 )司祭の結婚
宗教改革が司祭や修道士の結婚を促進したのは、第一に、淫行と醜聞を避けるためであった。すなわち、パウロがTコリント7:2 で言うのと同じである。結婚を禁じ童貞を命じる教会法によって司祭の生活は偽善を強いられ、偽善も守れない者が多く出た。童貞を維持することが出来る人は特別な賜物に与かっている人だけである。自然の秩序と矛盾する規定は廃止しなければならない。
司祭の結婚を禁じる教会法は聖書にも古代の教会法にも反するものであるから廃止される。
初期の宗教改革では、結婚禁止のカトリック的規定が不自然であるから緩和しなければならないという理論が強く、結婚の積極的意味付けは弱かった。結婚の積極的肯定は次の時代になってなされる。
3.( 24 )ミサについて
(ミサという言葉は ite missa est に由来する。昔、礼拝は二部に分かれ、第一部 の、求道者を交えた、説教を主とした礼拝が終わった後、求道者を帰らせて、信者だけで聖晩餐を中心とした礼拝を行なった。第一部の済んだところで、イテ・ミサ・エスト(行け、遣わされる)と言ったのが起こりだとされる。しかし第二部が終わった後の派遣の言葉だとも言われ、起源ははっきりしない。カトリックでは、ミサは@聖晩餐から派生し、聖晩餐そのものは年一回に縮減され、ミサには信徒が与かるのでなく、教会が日毎にキリストの体を犠牲として祭壇の上で神に捧げ、こうしてキリストの体であり続け、罪のための贖いの役目をし続けることであるという意味、A礼拝と同じ意味、の二通りの意味で用いられていた。また、教会の公的な定時のミサの外に、願い出る者のために謝礼を取って執行する私的ミサがあった)。
ルターのミサ改革は先ずドイツ語ミサの施行であった。礼拝は言葉の礼拝であり、言葉は聞くものであるから、聞いて分かる言葉でなくてはならない。
カトリック的理解によるミサは、(1)キリストの犠牲の死の一回性とその贖いの十分さを覆している。(2)ミサの誤用は信仰のみによる義を覆す。(3)聖晩餐は罪を贖うための犠牲ではない。それは信仰なしに執り行われてはならない。
祝日ごとに共同のミサが行なわれ、陪餐を望む者には分け与えられる。私的ミサは廃止される。
4.( 25 )懺悔告白について
第11条参照。
これは廃止されない。聖晩餐に与かるに先立って罪を告白し、牧師から罪の赦しを聞き取り確認しなければならないという秩序はルター派の教会では当時守られていた。但し、強制ではなかった。懺悔するよう指導することは悩む魂にとって必要な配慮である。
小信仰問答の中に、懺悔の執行の手引きが記される。懺悔者は牧師に言う。「敬愛する教師よ。お願いします。私の懺悔を聞いて、神の故に私に赦しを告げてください」。こうして懺悔をしたならば、聞いた牧師は次のように言う。「神があなたに対して恵み深く、あなたの信仰を強めて下さるように。アァメン」。「あなたは私の赦しが神の赦しであることを信じますか」。はい、と答えられたならば次のように言う。「あなたの信じた通りになりますように。そして私は、私たちの主イエス・キリストの命令により、父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪を赦します。アァメン」。
義認は重要なことであるだけに、徹底されなければならない。罪の赦しが個々の魂に適用され、確信される必要がある。
罪をいちいち数え上げることは不可能であるから、それを強制してはならない。また自ら数え上げた罪についてのみ赦しがあるとすれば、我々にとって殆ど助けにならない。
5.( 26 )食物の区別
この条項では、食物についての規定だけでなく、祝日その他の日の規定、諸慣行の規定を一括して扱う。
旧約における食物の規定はイエス・キリストにおいて廃止された。すなわち、全ての食物は潔いとされた(マルコ7:19、使徒行伝10:15)。この自由がカトリック教会の慣行の中で消えて行く。一つには禁欲主義の影響である。大斎、小斎の規定が設けられ、また特定の期間(レント)、特定の日(金曜日)における食物の指示が行なわれた。宗教改革は食物の規定を廃止すべきことを再確認する。
食物の規定を廃止する根拠の第1は、これがキリストの恵みと信仰の教えとを曖昧にする人間の努力を立てるからである。第2は、人間の戒めを重んじることによって神の戒めを曖昧にしたからである。第3に、この規定は人間の良心を圧迫するからである。
ただし、ルター派では今述べた根拠に逆らわないならば、規定としては廃止されるが、守ることは自由である、という見解を取る。これはしばらく後にアディアフォラの理論として展開される。
6.( 27 )修道誓願
修道誓願が教会法に反するものであるとの宗教改革的把握に先ず注目しなければならない。カトリック教会にとって修道生活が本質的なものであるかのように言われたが、宗教改革はそこに本来の教会にとって矛盾であり、ローマ教皇の教会法に対しても違反するものであることを見抜いた。修道院制度が確立したのは中世の中期であるが、その時、教会の現状に対してラディカルな改革動機を持っていた修道院を、ローマ教皇庁が抱き込ん で、教区制度に立つ教会組織と別な組織を作ったのである。
こうしてローマ・カトリック教会は本来教会と別の秩序のものである修道会を抱え込まなければならなくなった。修道院は十分な判断力を持たない男女の年少者を誘い入れて拘束し、特殊な社会を作り、一大王国のようなものになった。
本来修道生活は自由なものであった。自発的に加入し、自由に脱会できた。また修道院にはかつては特権はなかった。特権に保護される中で道徳的退廃が起こると、規律を回復するために、戒律の誓願を厳しくして行く処置が取られた。
かつて修道院が学問、特に教会に仕える学問である神学や聖書の学びの機関であった時代がある。その時は修道院で牧師や司教が教育された。しかし、学びのための修道院という精神は失われ、修道院の生活がそれ自体目的であるようになった。すなわち、修道院の生活そのものの中に義と完全があると言われる。
一般社会で生活する人と修道院に入る人とを区別し、前者にとって勧告にすぎないものが後者にとっては命令であると言う。例えば、山上の垂訓を修道士は守らなければならないが、一般信徒は守らなくて良いとされる。
結婚のことも、修道院の外では許されるが、修道誓願を立てた者には許されない。外と内とでは規準が違うのである。
7.( 28 )司教権
司教権(bischofen Gewalt, potestas ecclesiastica )という言葉のもとに予想されるのは教皇権であろうが、ローマ司教の首位的権能についてはここでは検討していない。この問題は1537年のメランヒトンの「教皇の権力と首位権についての小論」が扱うことになる。アウクスブルク信仰告白で言う司教は、教会の権能を代表する者であり、教会の権能そのものでもある。これは教会の本来の理解であって、カトリックもそれに従う。
権能として第1に問題にされるのは、教会の霊的権能と剣の権能すなわちこの世の統治を混同する誤りである。教会は己れの務めを守って他の者の権能に介入してはならない。この二つは神からの賜物として尊ばれるが、区別しなければならない。
次に鍵の権能が問題にされる。鍵の権能は福音の説教と聖礼典の執行によって行使される。すなわち、福音の説教によって罪を赦し、あるいは留める。(繋釈権)。カトリックが鍵の権能の行使として第一に挙げるのは裁治権の行使としての告解制度であるが、宗教改革は説教と聖礼典においてこれを理解する。したがって、聖礼典の交わりに受け入れない権能もある。
教会の権能として、教会に法を制定することがあるかどうかが検討される。教会の秩序のために定めを作ることは出来る。だがそこで、福音に反して法を制定する権限はない。教理の決定についても同様であって、聖書に反した決定をすべきでないし、その決定に服従することも許されないとする。
お問い合わせ、ご意見ご要望は...