「ローザンヌ誓約」

(新キリスト教辞典より)


■ローザンヌせいやく 〜誓約

1974年7月,スイスのローザンヌで開かれた第1回ローザンヌ世界伝道会議(The International Congress on World Evangelization)が生み出した文書.この会議の最大の成果とされる.教会とその責務について,福音信仰の立場からのこれまでの最高の文書であるとの評価もある.この会議以後,この文書が世界の福音派の協力関係を刺激し,交わりと共働の基盤を提供することとなった.誓約文は英文で3千語,15項目から成る.*英国教会の*福音主義のリーダーの一人,J・*ストットを中心として起草され,会議期間中を通して補足,修正が加えられた.ローザンヌ会議の名称は正しくは「世界福音化についての国際会議」であり,会議自体も伝道についての研究会議以上のものを意図していた.世界福音化のための戦略を協議し,その推進のために会議の参加者が当事者となることを強調して「誓約」という表現が用いられたと思われる.

1.誓約の背景.

ローザンヌ会議は,1966年以来の福音主義の群の宣教協力のための新しい胎動を背景にして開かれた.1966年4月には米国ホイートンで,世界教会宣教会議が開かれている.福音主義の宣教団体の協力機関であるEFMA(Evangelical Foreign Missions Association)とIFMA(Interdenominational Foreign Mission Association)の共催による会議であった.同年10月から11月にかけては*ベルリン世界伝道会議が開かれた.世界の百か国以上から,ほとんどの教派から参加しての,世界の福音派の存在を意識させる画期的な集いであった.ローザンヌ世界伝道会議は直接にはこのベルリン会議からの新しい流れの継続,発展であると考えてよいと思われる.

このローザンヌ会議が時代の変化と挑戦に応え,宣教のための新たな一致の機会となるために,直面しなければならない問題は少なくなかった.その一つは,宣教についてのいわゆるエキュメニズムの立場への対応である.一方にはホッキング報告に見られるような,他宗教との関係における相対主義,楽観主義の第2次大戦前からの流れがある.他方,戦後に新たに高揚され,その影響力を強めていく,″正義,公正,解放,人間の発展の努力こそ宣教活動である″とする考え方がある.これに対し,いわゆる[+]福音派は長い間,防衛的,反動的な対応に終始していたと言われる.福音派には,他宗教を通してもキリストが働いておられるとする相対主義の実体を明らかにし,それに有効に対応する責任があった.正義,公正を巡る問題は福音派の説く福音の本質への重大な問であった.伝統的な宣教活動への挑戦であり,その否定でもあった.すでに1966年のベルリン会議は,これらの挑戦に対して対応を始めている.しかし第三世界におけるクリスチャン人口の急速な増加,教会の飛躍的な成長が彼ら自身の宣教への深刻な反省と見直しを迫るものとなっていた.それは多くの場合,義と公正を著しく欠いていた第三世界にある教会が自ら宣教の主体となろうとする段階での当然の痛みであった.こうした現実が契機となって,キリスト者また教会の社会的責任が新たに問われることとなる.それを無視できないということだけではない.宣教との関係,さらには宣教の内容としての社会的責任の問ともなる.このことは,いわゆるエキュメニカルな立場での宣教論に反対するのみではすまないことを欧米の福音派の教会にも意識させる.先進国の教会は,前世紀以来の自分たちの国による帝国主義,植民地主義が現在の第三世界の状況と決して無縁ではないことを改めて問われる.第三世界との欧米のクリスチャン人口の割合が逆転していることも,世界宣教を考える上での重大な変化であった.こうしたもろもろの状況が教会に新しい対応を求めることとなったのは当然である.教会は自らの本質とその責務について,新たな理解と積極的な取組をしなければならない時期を迎えていた.第2次大戦後の世界の福音派の*聖書学,神学,*宣教学における新たな成長,成熟が,こうした積極的な取組のための側面での準備となっていたことも摂理的であった.一方エキュメニズムの組織の枠の中でも,福音主義と非福音主義の分極化が進んでいた.「今日における救い」を「被抑圧者の解放」にあるとする[+]世界教会協議会(WCC)のウプサラでの総会(1968年)の決定は,組織内の教会の一致を不可能にすることとなった.エキュメニズムの枠内の福音主義の人たちがWCCの外にある福音主義の人たちとの連帯を求める状況も熟していたと言える.エキュメニズムの組織の内外を貫いての,福音的協力の新たな可能性がこのように準備された.70年代に入って,第三世界のエキュメニカル・リーダーの中から欧米よりの宣教師活動の休止(モラトリアム)が訴えられたことも,世界宣教についてのさらなる危機感となっていた.

2.誓約の内容.

ローザンヌ誓約が世界宣教の進展のためのものであることは言うまでもない.しかし事前に問われていたことへの応答という面からは,伝道とは何かということ,中でも第6項「教会と伝道」が中核となっているように思われる.そこには「世界の福音化は全世界に全福音を全教会がもたらすことを求める」と記されている.「全教会が全福音を全世界に」はもともとW・R・ホッグによるもので,福音の伝達が何よりも教会の使命であることの確認である.同項の「十字架を説く教会は自ら十字架に刻印された存在でなければならない」とする訴えは,教会の働きとしての伝道が何であるかを,その社会的責任をも含めて包括的に,深く表現している.教会が一つであることは目に見える形で表現されなければならない.そして見える一致は,宣教という主の目的に従順であることによって促される(第7項).

3.残された問題.

誓約の内容はよく整理され,現代の福音主義の信仰告白に近いものとなっている.しかし問題提起にとどまっている点も多い.ただこのことが,かえって福音主義の教会での問題意識を刺激したことも事実である.会議後「福音と文化」(1978年,ウィローバンク),「*シンプル・ライフスタイル(簡素な生活様式)」(1980年,ロンドン),「伝道と社会的責任」(1982年,グランド・ラピッズ)等多くの研究会議が開かれたのも,誓約の衝撃の大きさを示している.しかしローザンヌが福音主義のかつてない範囲での連帯を生み出したとすれば,その一つの原因は,誓約の「*キリスト者の社会的責任」についての言明であろう.誓約の第5項は,キリスト者が社会的責任を怠り,時には伝道と社会的関心が両立しないと考えてきたことへの悔い改めを明らかにしている.社会的責任と伝道の統合は,第三世界のキリスト者がローザンヌの将来に少なからぬ期待を持つようになった最大の要因とされる.しかし社会的な働きは伝道のパートナーであってパート(部分)ではないという,北米のローザンヌ委員会のリーダーの態度は,ローザンヌの将来についての失望ともなっていると言う.事実,1989年7月のマニラでの第2回ローザンヌ世界伝道会議はこの問題との正面からの取組を避け,世界福音化のための協力範囲の拡大に焦点を置いたと考えられる.ローザンヌ誓約の核心はローザンヌ運動そのものによって必ずしも重んじられてはいない,との感を免れない.→ホイートン宣言,ベルリン宣言,エキュメニカル運動,キリスト者の社会的責任,福音主義.

〔参考文献〕『日本の福音派―21世紀に向けて』日本福音同盟(いのちのことば社発売),1989;J・ストット『現代の福音的信仰―ローザンヌ誓約』オランダキリスト教文庫(いのちのことば社発売),1989;「誰もが知りたいローザンヌ宣教シリーズ」関西ミッション・リサーチ・センター,日本福音同盟,1983― .(舟喜 信)



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