賀川豊彦の墓(松沢教会)

■かがわとよひこ 賀川豊彦

1888―1960年.伝道者,社会事業家.明治学院神学部,神戸神学校に学ぶ.神戸のスラム(葺合新川)に入り,伝道と住民の救援を行う.労働組合運動にも加わり,争議の指導者としても有力だった.しかし,組合運動などの急進化に伴って,宗教的信念に立つ賀川の理論は指導力を失った.関東大震災以後は,「神の国運動」など,おもに宗教運動家としての働きに集中した.戦時下には,反戦思想の疑いで検挙されたこともある.その社会的実践は戦後にも及んだ.賀川の信仰の本質は,イエスの「贖罪愛」に根差した隣人愛の実践にある.小説『死線を越えて』(3部作)は,魂の救済と生活の解放を一元的に求めた賀川の思想と生涯の,ひたむきな記録である.→日本の教会史,日本の宣教史.(小野静雄)
(いのちのことば社の「新キリスト教辞典」より引用)


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