「沖縄での伝道会議によせて」

細川勝利


 2000年に沖縄で「日本伝道会議」が開催されるために準備がなされていることに陰ながら祈る者の一人である。

 ところが、率直に言って、一キリスト者、一地方教会牧師として苦悩し悩みは深まるばかりである。生来の否定的・懐疑的性質による全く小生の個人的感心に傾き過ぎている故ではないかとも自問している。その上での愚かな牧師の悲鳴として、悲願として「伝道会議」を準備する方々にお聞きいただきたい。

そして、種々の考え方、捉え方がある故に、拙文への批判はじめ議論すべきことが議論され、タブーを打破し、真に歴史的会議になるよう願うのである。

一、沖縄の切実な願いに取り組むこと

 95年9月4日に起きた三人の米兵による少女暴行事件後、県民大会には85000人が参加、米軍基地の縮小と海兵隊の減少を切望した。

 72年から99年末まで基地の米兵が起こした刑法犯罪は4867件、うち凶悪

事件が500件以上という。特に強姦事件は復帰後も後を断たず、検挙されただけで復帰後111件に及ぶという。

 さらに限度を越えた基地爆音や実践さながらの演習等による航空機事故、山林火災、また、反戦地主に対する財産権の凍結、日本国に駐留する米軍基地の75%が、国土の0.6%に過ぎない沖縄にある。しかも1983年には日本全体の53%だったのに、「本土」内が返還されるに伴って沖縄はそのままである。

 この状況は「沖縄に米軍(国)がある」というより「米軍(国)の中に沖縄がある」ということだろう。

 もし「本土」の教会が沖縄で会議をし、21世紀における宣教を考えるとすれば、戦後50数年間、米軍(国)及び日本政府の方針以外には思いが至らず、聖書的に神学を深めず具体的にも行動しなかったことを悔い改めることから始め、そして現在、沖縄の人々の切実な願いを共有し、行動を共にすることが必要ではないかと考える。

二、天皇制・日米安保・新ガイドラインに取り組む

 沖縄の人々の苦悩の原因が、全てとは言えなくても大部分は米軍基地と兵士によることであろう。その米軍基地が沖縄に存在する原因は天皇制であると沖縄の人たちは考え苦悩している。

 第一に、戦中「天皇制中心」の忠実な「皇民」となろうと沖縄戦の最前線に立ちながら「皇軍」に集団自決を強いられる。

 第二に、もう一度戦果を挙げてから和平交渉をしようとした天皇の不決断によって沖縄戦悲惨。

 第三に、戦後、象徴天皇制として天皇制を.存続させ、昭和天皇の戦争責任を問い過去の軍国主義との訣別を果たさなかった。

 第四に、1947年の天皇による「アメリカの沖縄占領を希望する」としたメッセージ。

 第五に、昭和天皇の訪沖を不可能にするほどに根深い沖縄の人々の心情は、天皇制を存続させ、日米安保を結び、沖縄を天皇と「本土」の犠牲にし続ける「本土」の人々への不信となっている。

 以上から「本土」の教会が沖縄の人々の苦悩に取り組むとき、それは天皇制とそれに連動する日米安保、現代の新ガイドラインに真正面から取り組まなければならないと思う。

 教会がこの困難な問題に取り組む時、「本土」の人々にも、教会と福音が現実の問題に痛みをもって取り組み、十字架と復活の力を知ることができるのではないか。教会がその場所と時代における最大の権力に擦り寄り迎合している限り、人々は教会と福音に目を向けない。教会が、天皇とそれをも支配している米国(軍)からの隷属を断ち切って、沖縄の人々と苦悩を共に担うスタートとしたい。

三、非和解的行動打破のため教会の自己反省

 伝道会議主催者によると会議の主題は「和解だ」という。主催者が意図する「和解」とは「誰」と「誰」の和解なのか、何によって和解するのか小生は知らない。

 しかし、この国と沖縄で「和解」を取り上げるとき、何よりも米軍基地をめぐる二つの立場である。一方は、安保体制を絶対の前提としその枠内で基地問題を処理しようとする日米両政府とそれを現実主義の名の下に正当化する人々である。他方は、日米安保体制の外に自らのアイデンティティーを求めて苦悩する沖縄の人々と、その沖縄の苦悩を自らの苦悩とし、日本全体の希望とする人々である。この対立とは、沖縄を含むこの国のあり方を日米安保体制の中に封じ込めるか、それともその体制を越えたところに展望するかの決断が賭けられている。

 だから、現代の教会がこの国と沖縄で「和解」をテーマにするとき、厳然と存在する二つの対立軸に目を閉じ何らかの「和解」を叫んでもそれは現実逃避であり、あるいは一方への加担でしかない。

 もし「本土」の教会が、この厳然と存在する対立の構造を打破するためにすべきことは、「力と富に癒着した自己の姿」を徹底的に自覚し、「本土」の教会として戦後の罪責を告白し、「力と富」から訣別することである。特に、戦後の福音的と言われる多くの教会は、米国の福音的教会と関係をもった。そして米国の「力と富」の益を受け、さらに米国の軍事戦略を神の意志と考える米国の福音派を無自覚的に受け入れてきた。そして、この国の福音派は、この国の最大の権力者である米国とその支配体制の日米安保体制には口を聞かなかった。それは、戦前の教会が、天皇と「国体」には隷属した姿、そのままである。今や、この国における日本政府も天皇も究極の権力ではないので批判するが、究極の権力である米国とその教会には何も語らないのである。今、この国

の教会に必要なのは「力と富」を持つ米国の戦略から自らを自由にすることである。それでこそ、日本における二つの非和解的構造を打破し、和解のための器となる道が開かれるのではないか。

 この伝道会議が話題になったのは、丁度、少女の暴行事件、安保再定義、新ガイドライン交渉の時と重なった。周辺事態法案が国会にも上程されている。

このような状況で行う伝道会議が、この事態に対して明確に告白的・教会的決断を語らなければ、戦前、宗教団体法を受け入れ、「皇紀2600年奉祝全国基督教信徒大会」をし、41年6月に「日本基督教団創立総会」をしたのと同じことになることを危惧する。ただ隷属の相手が天皇と日本国から、米国の力と富に変わっただけである。

四、終わりに 「戦前・戦後のねじれ」から

 先に、戦前の教会と同じだと言ったが、実は少し違うのである。

 戦前・天皇制体制・国家主義に擦り寄り自己擁護をしだしたのは主流と言われた教会であった。そしてその教会はさらに福音的と言われる教会を自ら迫害・弾圧したのである。

 ところが、戦後は、主流教会は冷戦激化に伴い国家権力と安保体制に反対してきた。他方、福音的教会は国や安保の問題には口を閉ざし、無自覚的に米国と米軍の保護のもとに世界宣教を担っていると自負している。

 つまり、戦前と戦後では、主流派と福音派が立場が逆転している。国家権力に隷属していた者が、自覚的に闘い、曲がりなりにも国家権力に抵抗していたものが、すっかり権力に隷従しているということである。この「ねじれ」現象で考えることは、いわゆる「福音派」が真に福音的かどうか問い直すということ。今こそ、福音的メッセージとは何か、福音的に生きるとは何か、福音的教会とは誰かを問うことが必要だということである。

 終わりのおわり

 論理的にも支離滅裂になったが、伝道会議が真に歴史的役割を.果たして欲しいとの願いと叫びであることに変わりはない。これが伝道会議ばかりではなく、日本における教会形成と福音宣教にかかわる本質的な議論と神学の深まりの契機となれば望外の喜びである。

(尚、拙文は『世界』98年10月号所収の加藤節『思想としての沖縄』に負うと

ころ大であることを記し感謝を表わす)